
「左前」でも認められる優しい世界になればいいのに。
ふと、SNSの投稿を見て、ついにここまできたかと同時に、
あらためて「左前」がダメな理由を考えさせられた瞬間。
着物警察に代表されるように、他人の着姿を安易に批判するのはいけません。
最近、SNSや一部のコミュニティでは「着物はもっと自由でいい」
「ルールに縛られなくていい」という言葉をよく耳にします。
確かに、着物を日常に取り入れるためのハードルを下げるという意味では、
喜ばしい側面もあるでしょう。
しかし、その「自由」という言葉が独り歩きし、守るべき本質までが
軽んじられている現状。
どこが自由で、どこを変えてはいけないのか?
左前まで自由にすべきとはさすがに受け入れられていないですが、改めて
左前がダメな理由について考えるいいきっかけになりました。
「死装束だから縁起が悪い」という理由は有名ですが、ここでお伝えしたいのは、
もっと本質的な「デザイン」と「文化」の話です。
他ではあまり語られませんが、着物はそもそも「右前(左の衿が上)」で
着用した時に、最も美しいシルエットが出るようにデザイン・縫製されています。
柄の見え方と柄の繋がり: 伝統的な着物の意匠(柄付け)は、左の衿が上に重なることを前提に、
上前(表に見える部分)の柄が最も美しくつながるよう構成されています。

右前 左前
- 身体のライン: 長い年月をかけて完成された着付け理論に基づけば、右前に合わせることで、
衣紋から背中心、そして裾までのラインが「整う」ように計算されています。
これを無理に「左前」にしてしまうと、
せっかくの職人の技や上質な生地の美しさが台無しになり、
構造的な歪みが生じます。
「右前がきれい」なのは、マナーである以前に、
着物という衣服が完成させた一つの「解答」なのです。
着物における自由とは、何でもありという意味ではありません。
青華が考える「自由」と「伝統」の境界線は明確です。
- 自由であっていいもの:
- 着方の自由
- 着用範囲のある程度の自由
- 着用時期の自由
- 変えてはいけないもの:
- 歴史的・伝統的な経緯で成立した基本構造。
左前を避ける習慣は、奈良時代の「衣服令」にまで遡る、
日本の長い歴史の中で育まれてきたものです。
これは単なる「個人のお気持ち」や「その日の気分」
かえていいものではありません。
長い年月をかけて洗練されてきた伝統には、必ず理由があります。
その背景を知り、伝統を尊重した上で装うからこそ、
大人の女性としての「品格」が生まれるのではないでしょうか。
「楽だから」「自由だから」と基本を軽視するのは、よくないと思います。
青華院が大切にしているのは、安易な流行に流されない「正統派の美」です。
歴史が証明した最も美しい着姿を、あなたも体験してみませんか。
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